
この写真に映っているのは、僕が幼い頃によく遊んだ「扇山公園」の一角。作家で文芸春秋社を創設した実業家でもあった菊池寛の別邸が建っていた事で、知られたり知られてなかったりする公園だ。
中央に見えるのは、石を組んで作られた小さな橋。そして、その手前には今や青々と茂るサツキの低木。かつてはここまで橋を遮るようにサツキは伸びていなかった。夏場には水が張られ、池が満たされ、子供たちが駆け回り、橋を何度も往復し、冒険ごっこをしていた、そんな場所。
年月は流れ、この公園は再開発の波に飲まれ、面積は半分以下になった。堆積した木の葉を見るに、とうに水を張られる事はなくなったのだろう。併設されていたグラウンドには丸ごとアパートが立ち並び、以前のような賑やかな声は聞こえなくなった。かつて子供たちが遊びの導線としていた石の橋は、いまやサツキの植え込みに遮られ、通る人もなく、静かにその役目を終えている。
ふと、そんな風景を目にして、少しだけ寂しさを感じた。思えば初めて学校をサボった日、ゲームセンターが開店するまで、この公園のグラウンドのベンチに寝転がって木の葉が擦れる音を聴いていた。あの時、この場所に、確かにそこにあった光景が、もうそこにはない。
けれど同時にこんな風にも思う。
この石の橋も今はただ「静かに風景の一部になった」のだと。
サツキの低木がここまで伸びているということは、誰かがこの場所に新しい意味や美しさを与えようとした証かもしれない。かつては子供の遊び場として生きていた石の橋も、今は公園の静けさを象徴する、穏やかな存在へと役割を変えている。
子供たちの賑やかな声が消えた分、鳥のさえずりや風の音がよく聞こえるようになった気がする。人の記憶や営みが減ったからこそ、そこにある自然の営みが浮き彫りになる……そんな視点もまた、悪くないんじゃないだろうか?
公園の風景が変わったように、自分自身も変わってきたことを、ふとした瞬間に実感する。そして、それはけっして失われただけのものではなく、変わってきたからこそ見えるものがあるはずだ。
あのとき橋を渡っていた子たちは、今どこを歩いてるんだろう。たぶん、みんなそれぞれの景色の中で生きている。そして、僕もそのひとりだ。
20年ぶりか、あるいは30年ぶりか、久方ぶりに冒険気分でこの石橋を渡ってみる。過去に何か置いたままにしてきた、そんな忘れ物を受け取ったような気持ちになった。