10,000時間プレイし、危機感を抱く【CELL TO SINGULARITY】

Steamで配信されている放置系ゲーム『CELL TO SINGULARITY』を去年の7月から遊んでいる。テーマは進化と科学。単細胞生物から始まり、人類の誕生、文明の発展、そして技術的特異点(シンギュラリティ)までをシミュレートしていく。クリックと放置を組み合わせたカジュアルゲームなのだが、そこに散りばめられているのは科学的な事実であり、遊びながら学べる仕組みが整っている。



イベントも面白い。3日に1回ほどのペースで切り替わり、『チーズ』『猫』『音楽』といった多様なテーマで人類史の一端を覗ける。ゲームというより、動的に更新される百科事典のような側面がある。

だというのに、僕はその側面をほぼ活かせていない。やっていることといえば、ただ数字を積み重ね、リソースを効率的に回収し、成果を伸ばすことばかり。進化の歴史を体験しているというよりは、「数字が増えるのを確認してポチポチ押す作業」になってしまっている。

そしてこのゲームを始めてから一年ちょっと、気づけば僕は10,000時間もPCをこのゲーム専用でつけっぱなしにしていた。もちろん、放置ゲーだからこそ実時間を丸々操作しているわけではない。

この「学べるゲーム」に学びを見出せないまま、ただ放置して数字を追ってきた自分に、じわりと危機感が広がっていくのを感じる。

結局のところ、放置ゲーはプレイヤー自身の向き合い方で大きく価値が変わる。僕は1万時間をただの放置とクリックに費やしたけれど、それを「進化と科学を学ぶ1万時間」に変える選択肢もあったはずだ。

『CELL TO SINGULARITY』というタイトルが象徴する“人類の進化の物語”。そこに触れながら、僕自身は進化していないのではないか。そんな薄ぼんやりとした危機感を抱きつつ、今日もまた数字を追ってクリックを繰り返している。