「なんとも言えない」を、なんとか言う

子供の頃、僕は「進研ゼミ」の小学生コースに入っていた。
今ではSNSやブログで文章を書くことが日課になっている僕だが、その原点は、思えばこの通信教育にあったのかもしれない。

進研ゼミというのは、ベネッセが提供している添削式の通信教育講座だ。
毎月新しい教材が届き、算数や国語のドリルのほかに、ちょっとした特集ページや読み物が付いている。子供ながらにあれを開く瞬間は、なぜかワクワクしたものだ。


そんなある月、教材の中に「読書感想文の書き方のコツ」という特集があった。

そこでは、「温泉の心地よさを表現してみよう」というお題が出ていた。
イラストの男の子が「こんなのはどう?温泉に入ったら、"なんとも言えない心地よさだったよ"!」と答える。
それに対して、指導役のマスコットキャラがこう言うのだ。

 

「なんとも言えないのではなく、そこをなんとか言うのだ!」


この一言に、当時の僕は衝撃を受けた。
だって、「なんとも言えない心地よさ」って、結構いい表現じゃないか???と思ったからだ。

 

だが同時に、「言葉に表せないことを、どうにかして言葉にする」――それこそが表現の本質なのか、と妙に納得もした。その瞬間、まだ小学生だった僕の中に、言葉で世界を表すことへの憧れのようなものが芽生えたのかもしれない。


そして今、こうしてブログを書き続けている。
何かを感じ、それをどうにか言葉にしてみたい、その原動力は、あのときの進研ゼミのワンシーンから始まったのだと思う。

この話を急に思い出したのは、長年のX(旧Twitter)フォロワーであるモチャーン氏の投稿がきっかけだった。
なんと彼も同じ特集を読んでいたという。
同世代の人間が、同じ教材の、同じ一言に衝撃を受けていた。
それを何年も経ってからX上で確認するというのは、ちょっとした奇跡のような出来事だった。



 

思えば、言葉にできない感情こそが、書きたくなる原動力なのだ。
「なんとも言えない」からこそ、書きたくなる。

こんな事を言ってはなんだが、そこに少しばかりのスケベ心もある。
エンタメが溢れるこの時代、「感想」を言葉にして残すことで、この記事が誰かの目に留まったり、同じ趣味を持つ人とXで繋がったりする――そんな思わぬ副産物がある。それを期待してしまう自分が、確かにいる。

だけどそのスケベ心こそが、時に文章を書く力になってくれて助かってもいる。
伝えたいと見てもらいたいのあいだで揺れる、その欲の混ざった衝動が、書くという行為に向かわせてくれているのだと思う。

あのとき進研ゼミのマスコットキャラが言っていた通り、僕は今も、どうにか「なんとか言おう」とし続けている。