タスクバーヒーローでちまちまかき集めた小銭で、セールしていたFF5を購入し、プレイしている。平日はあまり時間が取れないので、週末に少しずつ進めていき3ヶ月くらいでクリア出来ればな、といった感じである。

FF5といえば、当時何度か繰り返しプレイしたはずだが、記憶が欠落している部分もかなり多い。なにせこれを遊んでいたのは小学生の頃なのだから。
特に一番の記憶違いはコレだ。

ラムウ。
このじーさんの出現場所だ。

僕は25年以上ず~~~~~~~~っと
上の画像の森にラムウが出ると思い込んでいたが、今回FF5を改めてプレイして本当にラムウが出現する場所は下の画像の森だという事を知った。
下画像の左側には村(イストリーの村)があるのだが、こんなに分かりやすい目印があったにも関わらず、僕は記憶というボタンをずっと掛け違えたままにしていた。
「ラムウはこっちの森だったのか」
たったそれだけの話である。
でも、その瞬間に少しだけ寂しい気持ちにもなった。
果たして、この記憶は修正されて本当に良かったのだろうか、と。
もちろん、正しい知識を知ること自体は悪いことではない。攻略情報としては、今の僕の認識のほうが正しい。ただ一方で、25年間ずっと「ラムウはあの森にいる」と信じていた僕もまた、本物だった。その間違った記憶は、誰かから教えられたものではなく、小学生だった僕がFF5を遊んだ結果、自分の中で作り上げた「FF5」だったのである。
ゲームというのは不思議で、プレイヤー一人ひとりの頭の中に少しずつ違う作品が存在している。「エクスデス城が手強かった」とか、「ガラフのイベントで泣いた」とか、そういう感想だけではない。マップの形だったり、敵の出現場所だったり、細かな記憶まで、人によって少しずつ違っている。
そして、その間違いも含めて、その人だけのゲーム体験なのではないかと思う。
もし25年前に誰かが「いや、ラムウはそっちじゃないよ」と教えてくれていたら、僕は正しい知識を得られていただろう。でも同時に、この25年間抱え続けた「間違ったラムウの森」という記憶も存在しなかったはずだ。
そう考えると、どちらが幸せだったのかは少し分からなくなる。
人間の記憶というのは案外いい加減で、時間が経てば経つほど、事実と想像が少しずつ混ざり合っていく。でも、その混ざり合った記憶こそが、思い出というものなのかもしれない。だから今回、正しいラムウの居場所を知ることができたのは嬉しかった反面、25年間僕の中に存在していたもう一つのFF5が、静かに消えてしまったような気もした。
ラムウに関するこの記憶は、ただの間違いだった。
でも、あれは間違いであると同時に、小学生だった僕だけが持っていた、本当に小さなオリジナル版FF5だったのではないか、とも思うのだ。