眠りの瞬間。

僕のXを見てくれている方ならご存知かもしれないが、僕は睡眠薬がないと眠れない。いわゆる不眠症というやつである。

そのため、長年にわたって睡眠とはそれなりに付き合ってきた。世の中には布団に入ったら3分で寝るという人種が存在するらしく、僕からすると都市伝説みたいなものであるが、この前友人たちと泊まりに行った時にその中の一人が「じゃあ寝るね!」と言ってからものの1分でイビキをかきはじめ、ああ眠りに関して神はここまで不平等なのか、僕にその快眠の少しでも与えたまえ、と嘆いたことがある。

そんな人間なので、自然と眠りに落ちる瞬間について考える機会も多い。

そして長年の体感の結果、ひとつの法則に気づいた。

頭の中によく分からない言葉や思考が流れ始めたら、それは眠れるチャンスである。

これはなかなか説明が難しい感覚なのだが、眠る直前の脳というのは少しずつ現実との接続が緩くなっていく。論理的な思考が曖昧になり、意識が混濁し始める。その時、普段なら絶対に考えないようなことが脳内を駆け巡るのだ。

漫画『1日外出録ハンチョウ』の28話に、まさにこの現象が描かれている。ベッドに入ったあと、寝る一歩手前の状態で、意味不明な言葉や支離滅裂な内容が次々と頭に浮かんでくるという話だ。あれは本当に分かる。だから僕は、「あ、いま変なこと考え始めたな」と気づくと少し安心する。

例えば、
「美女木ジャンクションには美女という言葉が含まれているがバングラデシュで生活するのは大変だ」
とか。

あるいは、
「もし徳川家康が現代に転生したら、ヤマダ電機で板前さんの修行をすることになるだろう」
とか。

「Amazonの年会費を支払うタイミングで米津玄師に変身したら青森県のイチゴの栽培量が2倍になる」
とか。

支離滅裂なことを真面目に考え始める。
そして、その状態になると眠りは近い。

眠りというのは不思議なもので、意識して眠ろうとするとなかなか寝付けない。しかし意識が少しずつ曖昧になり、自分でも訳の分からない思考に振り回され始めた頃、いつの間にか向こうからやって来る。

だから僕は今でも、布団の中で意味不明なことを考え始めると少し嬉しい。
「ああ、今日は眠れるかもしれないな」
そう思うのである。

そしてついこの間、本当に眠りに落ちる瞬間そのものを体感することができた。フッと意識が途切れ、そのタイミングで偶然にも意識が戻ってきて「あ、今、意識が喪失した!」と思ったのだ。

あれは不思議な感覚だった。普段、眠るという行為は気がついたら朝だったという形でしか認識できない。眠りに入る瞬間そのものは、自分では観測できない。ところがその日は、ほんの一瞬だけ意識が途切れ、偶然にもその直後に目が覚めたことで、今、確かに眠ったという境界線を感じた。

もっとも、それを認識した瞬間に脳は再び覚醒してしまったので、そのあとしばらく眠れなくなったのだが。

それはさておき、今日もまた、美女木ジャンクションとバングラデシュの関係について真剣に考え始めたら、それはきっと眠りが近いサインなのだろう。

不眠症になって長いが、眠りというものは今でもよく分からない。

ただ一つ分かっているのは、眠りの世界へ向かう最後の案内人は、論理でも理性でもなく、どうしようもなく意味不明な思考たちだということだけである。